中米編 3 1992/6/21~7/1

1992/6/21 (日) 晴/雨 TEGCIGALPA (HONDURAS)

昨夜レストランで会った日本人、桑原さんのホテルに移動する。L50、バス、シャワーなし。午前中に洗濯してから市内をうろうろする。夜はサンサルバドルで買ったロン(ラム酒)を桑原さんと2人で呑む、1本空けてしまった。桑原さんは11月にNYに入りここまで来たとか。アンティグアに2ヶ月ほど居てスペイン語を習っていたそうだ。これから南米を1周するらしい。結構面白い兄ちゃんだ。ここにはもう一人久保田さんという人が居て、アメリカで車を買ってコスタリカまで行き北上中との事。若いアメリカ人の女の子(ローズマリー)を途中で拾って一緒に回っているらしい。

本日の走行距離:0マイル
全走行距離:15240マイル
宿泊:HOTEL IMPERIAL L50


1992/6/22 (月) 晴のち雨 TEGCIGALPA (HONDURAS)

少し早めに起きて朝食を取る。今日はニカラグアのビザを取らなければならない。9時頃桑原さんと一緒にバイクでニカラグア領事館へ向かう。久保田さんに教えてもらった道で行くがなかなか見つからず道もダートになりバイクで進めないほど酷い急坂で歩いて探す。丘の上まで行くとそれらしき建物はあったがオフィスではなかった。訊くと下の方にあると言う。迂回した道の裏のダート沿いに見つかった。靴が泥だらけになってしまった。ビザを申請して2時に受け取る、しかし$25、高すぎる!その後街をぶらついているとCAナンバーのXT400が2台止まっている。アルミパニア装備のGマークあり。ドイツからか?

本日の走行距離:9マイル
全走行距離:15249マイル
宿泊:HOTEL IMPERIAL L10


1992/6/23 (火) 晴のち雨 MANAGUA (NICARAGUA)

朝ホテルで朝食を取り9時半頃出発、桑原さんは少し早く出発。テグシカルパ市内を抜けるのに標識が無いため道に迷い時間が掛かる。ニカラグアコ国境には昼頃到着。丁度昼休みなので昼食を取り1時に国境が開いた。ホンジュラス出国に1時間掛かかりL20支払う、ニカラグア入国はいつもの子供が居なかったが案外スムーズ、$20+C$7支払う。結局3時過ぎにニカラグア入国。これまでの国境越えで一番時間がかかったかも?その後一路マナグアを目指す。途中はメキシコの田舎の様であった。マナグアは長く続いた内戦と地震の為か市内の建物は崩れたまま放置されている物もありかなり酷い印象。子供の目がとても子供とは思えない、怒りと悲しみと憎悪を持つ目をしている。桑原さんに聞いた日本人宿が見つからず、結局日が暮れてから適当なところに決める。高いが仕方ない。

本日の走行距離:260マイル
全走行距離:15508マイル
宿泊:HOTEL ??? $20


1992/6/24 (水) 晴/雨 SAN JOSE (COSTA RICA)

この国は一刻も早く出たいと7時前に出発、国境までノンストップで走る。出国に$3取られた。国境のコスタリカ側には銀行、レストランもありイミグレ、通行許可取得もいたって事務的これまでの国とは随分違う。道もよく整備されていて走りやすい。昼食に寄ったレストランでXR250を持っているというおじさんに昼飯をご馳走になった。サンホセまでノンストップで走る。ヤオハンがあったが市内は中米の雰囲気そのもの。MARLYNというホテルにチェックイン。その後セントロをうろうろしていると瀬戸さんのSX-200を発見。早速部屋を訪ねて話が弾み夕食を共にする。明日パナマ大使館に一緒に行く事になる。ホテルには各国からツーリストが来ていてスペイン、カナダ、アメリカ、ロシア、コスタリカ人でここに住んでいる人もいた。皆でビールを飲みながら談笑していると楽しい。居心地良さそうな町だ。

本日の走行距離:270マイル
全走行距離:15778マイル
宿泊:HOTEL MARLYN C700


1992/6/25 (木) 晴/雨 SAN JOSE (COSTA RICA)

朝食を近くのカフェで取り瀬戸さんの滞在するホテルへ行き2人でパナマ大使館へ行く。ビザ申請にパスポートと登録証のコピーが必要だったので近くの小学校にお願いしてコピーをとってもらう。ビザ代$10、明日の朝取りに来いとのこと。近くのマクドナルドでコーヒー飲んで瀬戸さんとはパナマで会うことを約束して別れてホテルに戻る。セントロをうろうろして葉書など書いて出す。切手の自動販売機があった。夕食は唐揚げ、パン等を買ってホテルで食べた。夜はロックバーで飲んで、ホテルに戻ってパトリシアさんと遅くまで色々話をする。

本日の走行距離:2マイル
全走行距離:15780マイル
宿泊:HOTEL MARLYN C700


1992/6/26 (金) 晴/雨 SAN JOSE (COSTA RICA)

昨日と同じカフェで朝食後、パナマ大使館へ行きパスポートを受け取る。その後は街をぶらぶら。

本日の走行距離:2マイル
全走行距離:15782マイル
宿泊:HOTEL MARLYN C700


1992/6/27 (土) 晴/雨 SAN JOSE (COSTA RICA)

朝食をSODAで取り、英字新聞を買った帰りにカフェで同じホテルのスペイン人のホセさん発見、コーヒーをご馳走になった。雨なのでホテルで辞書など読んでいるとグルジア人のユーリがパトリシアの部屋で飲まないかと誘いに来たので宴会に参加。ホセさんとコスタリカ人の美人のサンドラと色々話しながらワインとロンのコーラ割りを呑む。

本日の走行距離:0マイル
全走行距離:15782マイル
宿泊:HOTEL MARLYN C700


1992/6/28 (日) 晴/雨 CUIDAD NEILY (COSTA RICA)

朝食をSODAで取ってから出発。カルタゴで道に迷ってCR2をパナマ方面へ向かう。途中で大雨に会いカッパを着る前にずぶ濡れになってしまった。パナマ国境から10kmほど手前の町まで走る。夕食を食べてうろうろしていると現地の兄ちゃんらしき奴が声を掛けてきて呑みに誘われたので2件ほど飲み屋を回った。

本日の走行距離:233マイル
全走行距離:16005マイル
宿泊:HOTEL MUSUCO C550


1992/6/29 (月) 晴/雨 CHAME (PANAMA)

朝一にパナマ国境まで走って朝食を取る。コスタリカ出国だが、イミグレは随分手前にあり、出国手続きをしてからパナマイミグレまでの間に随分多く店がありイミグレは街中にあった。よく探さないと判らない。結局入国に1時間半掛かった。そこから先はスムーズでパナマは思っていたより綺麗だ。パンナムハイウェイ以外は未開のジャングルと言った感じだった。道もよく穴もほとんどない。パナマシティから80km程手前で日が暮れたので適当なモーテルに宿泊する。この国の子供はコスタリカと同じくちゃんと学校へ行っている様だ、制服姿の小学生が可愛く見える。さて、明日は問題のパナマシティ。

本日の走行距離:292マイル
全走行距離:16297マイル
宿泊:名も無きモーテル $8


1992/6/30 (火) 晴/雨 PANAMA CITY (PANAMA)

朝は遅めに起きてゆっくり出発。パナマ運河を渡り目指すはアルブルック米軍基地。適当に走っているとすぐに見つかった。入口でモーターサイクルクラブを尋ねるとすぐに教えてくれた。海外ツーリングのライダーに開放しているここの基地のクラブハウスに宿泊出来るのは本当に助かる。基地内にあるので至って安全。クラブハウスにはフランス人ライダーが居た。瀬戸さんはやはり先に到着していた。夕方新市街へ夕食を食べにバスで行く。パナマはかなりアメリカナイズされていてとても中米とは思えない。クラブハウスへ戻って3人で宴会。フランス人ライダーはトランザルプ600をダラスで買ってこれからペルー経由で南米を下るらしい。今日すでにバイクを空港に運び明日コロンビアへ行くとか。

本日の走行距離:41マイル
全走行距離:16338マイル
宿泊:ROAD NIGHTS M/C (米軍基地内) タダ


1992/7/1 (水) 晴 PANAMA CITY (PANAMA)

午前中からトルクメンカーゴ空港へ行き、コロンビア行きの便を探す。色々あたりバランキラ行きを探すが来週水曜まで飛ばない。結局ボゴタ行きをchallengeと言う会社に頼む($120)。人間はトクメンでアビアンカのチケットを$154で購入、明日の出発となった。バイクは金曜日の午後10時にボゴタに着くらしい。カーゴ空港入口のアドゥアナで許可をキャンセルしそのままセントロへ。セントロ旧市街の付近はほとんどスラム。バスで行ったが降りるに降りられないほど危ない。人の多いカテドラル付近で降りて食堂を探すが見つからず、結局昨日行ったVia EspanaのJimmyと言う店に行く。
クラブハウスに戻り瀬戸さんと3時ごろまで色々と話をしながら酒を飲む。

本日の走行距離:0マイル
全走行距離:16338マイル
宿泊:ROAD NIGHTS M/C (米軍基地内) タダ